誕生寺宝物庫

誕生寺の山門をくぐってすぐ左に宝物庫があります。

ここには誕生寺に伝わる物品が展示されていて、200円で拝観することができます。

宝物庫っていうよりは蔵っていう感じです。



ここが入口です。
『浄財』と書いてある賽銭箱のような箱にお金を入れます。自己申告で、私の後から入った人はお金入れてませんでした(怒)。



古い短冊に消えかかったような墨の文字。時代を感じさせる品が彼方此方にありました。



これは書状でしょうか。そういえば藩主の森氏からの書状がいくつかありました。



大阪夏の陣のときの書状のようです。



これも絵の色合いが相当古いですね。



これは平安期の西行法師の書ということで写真を撮りました。詳しいことはわかりません(汗)。



これは絵の位牌。珍しいものということで撮影しました。



この阿弥陀如来像は、かの快慶作!



運慶・快慶って習った、あの快慶です。



これは森長継の書状。
森長継とは、森忠正の外孫にして後に養子となり、津山藩の2代目藩主となった人物です。ちなみに、長継の養父(実祖父)である森忠正は、かの織田信長の小姓として有名な森蘭丸の弟にあたります。ですから、元の出は尾張ということになりますが、この森氏はもともとは清和天皇に行き着く、いわゆる清和源氏の流れをくむ名門です。御先祖様はあちこちの土地で暮らしていたことでしょう。

また、この長継は確定しているだけでも24人もの息子がいたとされ、娘と合わせるとかなりの子孫を残しています。今の時代から考えれば羨ましいと思わざるを得ません。



これは徳川綱吉の朱印状なのだそうです。
綱吉公朱印状と書かれていますが、綱吉が書いたものではないですよね、、、たぶん。



これは朝鮮から渡ってきた掛け軸なんだそうです。




法然上人御真筆。何百年も前に、法然上人が実際に手に取り筆をしたためたということがすごいですよね。ものすごいロマンを感じてしまいます。




これが誕生寺の名物(?)の一つ、片目川で取れた片目魚です。ホルマリン漬け(というのでしょうか・・・?)にされていた魚を実際に見ましたが、本当に片目がありませんでした。



これですね。



これは豊臣秀吉からの拝領品です。



太閤釜というそうです。第十世上人がいただいたとありますね。



これは誕生寺七不思議のひとつで、秦氏君の御鏡です。
秦氏君とは法然上人の母親で、修行のために遠い地に旅立ってしまった法然上人との生き別れに涙し、その涙によって鏡が黒くなってしまったという言い伝えが残されています。



涅槃像。室町時代ってことですが誰の作とかは展示されてなかったように思います。


このほかにもいろいろなものがありました。

例えば八百屋お七の位牌や振袖。

誕生寺の15世上人が江戸に赴いた際に八百屋お七の遺族より依頼され供養したのがきっかけでこの誕生寺に八百屋お七ゆかりの品が保管されることになったようです。

ちなみに、八百屋お七というのは、、、
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八百屋お七 (やおやおしち、寛文8年(1668年)? - 天和3年3月29日(1683年4月25日)) は、江戸時代前期、江戸本郷の八百屋太郎兵衛の娘。恋慕の挙げ句に放火未遂事件を起こし、浄瑠璃等芝居の題材となった。生年は1666年とする説があり、それが丙午の迷信を広げる事となった。

お七は1682年(天和2年)12月の大火(天和の大火)で檀那寺(駒込の円乗寺、正仙寺とする説もある)に避難した際、そこの寺小姓生田庄之助(左兵衛とする説も)と恋仲となった。翌1683年(天和3年)、彼女は恋慕の余り、その寺小姓との再会を願って放火未遂を起した罪で、捕らえられて鈴ヶ森刑場で火刑に処された。

その時彼女はまだ16歳(当時は数え年が使われており、現代で通常使われている満年齢だと14歳)になったばかりであったため奉行が哀れみ、お七は 15歳だろうと聞いた(15歳以下の者は罪一等を減じられて死刑にはならない)が、彼女は正直に16歳であると主張し、お宮参りの記録を証拠として提出した程だったという。
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出典:ウィキペディア


という、悲恋の主人公として浄瑠璃の題材にもなった女性。14歳ということは、今の感覚でいえばまだ女の子という感じです。

法名の由来なんかも拝見しましたが、若くして恋に命を落とした女性にふさわしい法名でした。
写真も撮ったのですが、八百屋お七のお話自体が悲しさや恨めしさ漂うお話なので、当サイトでの掲載はやめることにしました。
ネットで検索してみると、写真の掲載サイトを見つけましたので、そちらのURLを記しておきます。
http://www33.ocn.ne.jp/~anko_polepole/photo-33.html

宝物庫はあまり広いスペースではありませんでしたが、とにかく、宝物庫の名にふさわしい貴重なものが多数展示されていました。
あまりに貴重で、「本当にそんなものを展示していていいの?」と思ったほどです。誕生寺に行った際は是非お立ち寄りください。

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