『久米南町旅ある記』は、管理人が久米南町にドライブ旅行に行ったときの記録です。
・誕生寺
・川柳の小径
・棚田
などなど、久米南町は、ここでしか見られないユニークスポットがあちこちに点在しています。路の駅も整備されていますので、ちょっとした小旅行に最適でした。
川柳小径の長い(本当は長くない)道のりを登り切ると、そこには川柳公園が整備されています。

木もれび広場と日だまり広場。
今知りました(汗)。。。
この写真撮ったときはハァハァゼェゼェ言いながらとりあえず撮ったので、実はあんまり見てません。。。

公園といってもそんなに広いスペースではありませんが、川柳公園という名にふさわしく、川柳碑が数メートル間隔で置かれていて、全部目を通すだけでも結構時間がかかります。

川柳とかがお好きな方にはかなり見応えのあるところだと思います。

それでは印象的だったものをご紹介していきます。

"丸い背で 見つめてくれる 母がいる"
母親を慕う想いがものすごくよく伝わってきます。

"虎をかく つもりで猫を かいており"
こういうこと、実生活でもよくありますよね(笑)。

"生かされた 命に善を 積んでおく"
命のありがたみを教えてくれる歌です。

"女です 若くありたい 紅をひく"
微笑ましいですね。

"折おりの 軋みに耐えた 古稀の妻"
感謝、優しさ、夫婦愛、そういった言葉だけでは表現できないくらいの人生の深みがにじみ出ている歌だと思います。

"何所までも 海どこまでも 母の声"
御釈迦様と孫悟空の話を思い浮かべるような歌ですが、それと同時に、母親の偉大さというのは全世界共通であるとともに、全世代共通でもあるのだなと思いました。

"苦も楽も あっけらかんと 陽が昇る"
確かに、自分の気持ちとは関係なく、いつの日も必ず夜が明け、陽が昇ります。

"生きている 証こりずに 恋をする"
思わずにやっとしてしまうようなほんわかとした歌ですね。

"初めての 年金抱いて 旅に出る"
これも頬が緩むような川柳です。社会保険庁の人にはぜひ見てもらいたいですね。

"肩に散る 花の命を いとおしみ"
はかなさを感じさせる歌です。

"やさしさに ふれると燃えて くるいのち"
何となくいじめ問題が頭に浮かんできました。
いじめが社会問題になって久しいですが、こういう思いをもっとたくさんの人が持つべきではなかろうか、そんな気持ちになった歌です。

"生きざまの 足跡だまって ついてくる"
これもなかなか普段は気にすることがないですが、ふとこういうことを考えてみる必要もあるのではないでしょうか?

"美しい 老後を生きる 種を蒔く"
どういう人生を送るかは自分次第だということを改めて認識させられますね。

"明日を見る 眼鏡が欲しい 曲がり角"
人生は選択の連続ですから、時にはこういう思いにかられることもありますよね。

"いばら路 峠を越して 歌がもれ"
人生楽ありゃ苦もあるさってことですね。

"人間は これで良いのか 鳶が舞う"
自戒の念に駆られてしまう歌ですね。離れてみるとわかることでも渦中にいるとなかなか気付かなかったりするものです・・・。

"逢えばまた 夢がふくらみ 夢を追う"
ダメとわかっていながら『もしかして』と思ってしまう・・・非常に人間味があふれています。

"二人とも 内緒あたため 五十年"
思わず笑ってしまうような歌ですね。二人っていうのは夫婦のことなんでしょうが、五十年もお互いが「ないしょ、ないしょ。。。」って思いながら生活しているところがすごいですね。

"歩こうか 歩きましょうと つくしんぼ"
冬が終わり、春先の暖かさを感じる歌です。

"剣山に さされても咲く 花の意地"
力強さ漂う歌ですね。人間のか弱さも同時に感じてしまいました。

"念佛も 讃美歌も聞く 馬の耳"
馬耳東風なんて言われますが、馬だってちゃんと聞く耳を持ってます。謙虚さとか恐れとか、そういったことを忘れないようにしたいものです。

"この父母に また生まれたし 子が泣かす"
子供にこう思ってもらえるように、日々精一杯の愛情を注いで子育てをしたいと思いました。
また親に対しても、感謝の気持ちは素直に伝えるべきですね。ってこれが難しいんですが・・・。