『久米南町旅ある記』は、管理人が久米南町にドライブ旅行に行ったときの記録です。
・誕生寺
・川柳の小径
・棚田
などなど、久米南町は、ここでしか見られないユニークスポットがあちこちに点在しています。路の駅も整備されていますので、ちょっとした小旅行に最適でした。
久米南といえば、やっぱり誕生寺です。
かの法然上人はこの地で生まれ育ち、世に旅立っていきました。誕生寺は法然上人の弟子である熊谷直実という人が建立しました。

田舎町には不釣り合いといっては失礼ですが、かなり立派なお寺です。

山門ですね。

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誕生寺
栃社山誕生寺は、建久4年(1193年)法力房蓮生(熊谷直実)が、浄土門念仏元祖法然上人誕生(1133年)の地に、師法然上人の御徳を仰ぎ上人誕生の旧邸を寺院に改めたものです。また、蓮生は、この寺で亡き上人のご両親の追善供養のため、五年間の常行念仏を修したといわれています。以来八百数十年の星霜を経て、境内には法然上人ゆかりの公孫樹、片目川、産湯の井戸などがあり、また法然上人二十五霊場第一番札所となっています。両幡の天降ります椋の木は世々に朽ちせぬ法の師の跡(熊谷入道詠)
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明治の頃の但し書きです。
馬を乗り入れること、魚や鳥を取ること、木を伐採すること、を禁じています。

山門から境内を見たところですね。
広い境内です。

これがいわゆる公孫樹。

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公孫樹
久安三年(1147年)十五歳の勢至丸(法然上人)は、比叡山に旅立たれる際、高円菩提寺より杖とされた銀杏の枝をこの地にさされたところ生着繁茂し、根が上に伸び「逆木の公孫樹」ともいわれる。
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たしかに立派な銀杏の木ですね。

これは入って右にある阿弥陀堂。まだ建物が真新しかったです。

阿弥陀堂の中です。まさに黄金に光り輝いていてまぶしいくらいでした。

これが本堂。山門入って正面にあります。

重厚な感じの本堂(御影堂)です。

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御影堂
御影堂の位置はかつて850年前、美作の豪族、漆間時国公、秦氏君夫婦の館であった。
時国公は久米の押領使(その地方の治安の維持を任務とした役)で長承二年の4月7日(1133年)に二人の間に、のち浄土門開祖、法然上人(幼名勢至丸)が御誕生され、上人が幼少9歳までご両親とすごされた場所である。
開山は上人の弟子、熊谷蓮生法師で現在の御影堂は元禄八年の三度目の再建である。
御本尊は法然上人四十三歳のご自作像で、熊谷入道が上人六十一歳の時、師の命により上人ご両親の墓前に安置されたもので、のちの代、後光と蓮台をそえ当山の御本尊として今日に至っている。
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木鼻も立派な細工が施されていますね。


御影堂の斜め前にある像です。法然上人旅立ちのときの様子ですね。

御影堂横奥から阿弥陀堂に向けてのショットです。

これは本堂横の観音堂です。


観音堂の中を撮影してみましたがピンボケでした。。。

片目川は本堂の裏手を斜めに横切るように流れていました。そんなに大きな川ではありません。
この案内板にあるように、法然上人に弓で眼を射られた武士がこの川でその目を洗ったところ、以後片目の魚が取れるようになったことからこの名前がついたそうです。
宝物庫には、実際に取れた片目のフナなどが展示されていました。

このくらいの川幅、わかりますでしょうか・・・?

この片目川を渡ると、法然上人産湯の井戸や法然上人の両親を祀った勢至堂などがあります。